ざるにめろん

空想家ざるにめろん日々の泡

iora&OSOライヴの魅力

ioraのふたりは、iora The Caravan のメンバーのうち
たったひとりとジョイントしても
それは iora The Caravan になる

大山くん、伊藤大輔くん、Nonaちゃん、マーくん…
はたまたギターのカミールくん、平田くん(ターニャ)
彼らとのトリオも何度かやってきたiora

僕はいくつかのライヴで様々な組み合わせのキャラバンを見てきた
しかし、尺八の熊本圭吾さんとフラメンコギターの大熊功さんたちの
ユニット…OSO(オッソ)とioraの組み合わせによるライヴは
まだ見たことがなかった

それというのも、OSOのライヴは常に発表する前に完売するらしく
ioraのHPにも「OSOのライヴに参加してきました」というブログを見るだけで
僕としても、ちょっと悔しいような羨ましいような気分が募っていたのだった

実は僕はフラメンコも尺八も大好きなのだ
フラメンコがすごいなぁと思ったのは、18歳くらいのころ
FMで「世界の民族音楽」という番組があり
フラメンコ特集を3回にわたって聞いたのがキッカケだった

そのころのテープは今でも捨てられず、何度もくりかえし聞いたものだった
CDはペペ・ロメロやパコ・デ・ルシアくらいしか持ってなかった僕だが
周はギターを弾きはじめてから、いつからともなくフラメンコには
ひきつけられていたようだ

尺八は作曲家・武満徹の作品で平家琵琶の鶴田錦史と尺八の横田勝也の
「エクリプス」という演奏のレコードを買い、大変なショックを受けた

その後、邦楽の番組を聞いてみたりもしたが
横田勝也氏ほどの壮絶にして豪快な尺八は聞くことはなかった
その横田氏の孫弟子でもある熊本さんの尺八とならば
聞き逃すわけにはいかない

OSOは今まで東武東上線沿線の地元でのライヴが中心とのこと
7月4日は僕と妻の念願も叶ったものとなって
二人揃っていそいそと恵比寿の「駅前バー」に向かった

ここは狭いので、いつもすぐ予約いっぱいになってしまうらしく
今まで僕ら身内は、ちょっと遠慮していた

今回、初めて行ったわけだが、狭いながらも
レコード・ジャケットを壁に飾っていたりして
なかなかセンスのいいお店だった

演奏は、最初にOSOのふたりによる尺八とフラメンコギター

最初は「コンドルは飛んで行った」
聞き慣れているはずの有名曲だが
尺八とフラメンコスタイルの力強いギターは
新鮮な音世界を表出していく…

飄々とした尺八の音色は、邦楽のお座敷を超え
遥かなるアンデスの風を感じさせる

時にケーナの軽やかで哀しげな音色のようでもあり
郷愁そそる日本の音色でもある

2番目は昭和期の曲で、尺八と琴のためのもの
琴のパートをギターでアレンジ
さっきとは違って、なんとも懐かしいような昔の日本歌謡の香りがただよう

1曲ごとに工夫を凝らしたプログラムに、興味はつきない
こうなると、本家本物であるおふたりの本業である演奏も聞きたくなる…
まずは、フラメンコ音楽

圧倒的な大熊さんのギターがうなる!
それだけでもう、ここはスペインのフラメンコを聞かせる酒場のようだ
磨き上げられた技巧に僕の心は、ぐいぐいと揺さぶられる

本格的なフラメンコには、カンテと呼ばれる歌が必ずあるが
その歌のパートを尺八で歌いあげるというのも
さすがOSOならでは醍醐味!

次に熊本さんが持ち出した尺八は普通の物よりずっと長い二尺八寸
演奏するのは禅僧が修行として演奏してきた虚無僧(こむそう)の古曲
その深く遠吠えの如く響き渡る音の豊かさにすっかり感動してしまう!

そうだ!この音だったんだ…
かつて横田勝也氏が吹いていた豪快な音は、確かにこの音色だった

拍子もなくひと吹きがひとつの大きなリズムである静かな音は
刻々と先を急ぐ現代病患者の僕たちを一刀両断にぶった切る…

これこそが、自然を感じながら生きていた古来の日本の音楽
だが、あまりにも僕らは多すぎる情報洪水の波に呑み込まれ
音そのものに身を委ねる聞き方を忘れてしまっている

たった一本の竹が…こんなにも無限な表情をもっていることに
あらためて驚く
時間をも止めてしまったかのような演奏は
スペイン酒場から大宇宙の彼方へ誘う

そして、前半のラストはioraが参加してカンテを桃ちゃんが歌う!
想えば、ioraにとって大熊さんはフラメンコの先生であり
周にとってはギターの師匠

去年…楽器フェアで歌ったioraはフラメンコを弾く大熊さんのギターに出会う
すっかり魅了された周は、すぐに習うことにした

ここからioraのスペインへの夢は大きく膨らんでいった
周のギターの弾き方も変わったが、桃ちゃんの歌も幅が広がった

彼女のすごいところは、難しければ難しいほど興味を魅かれ
どんなテクニックでも消化吸収して自分のものにしてしまうのだ

休憩をはさんで、いよいよioraの演奏となった
今月はCaravanの仲間と沖縄ライヴツアーに行ってきたばかり

ふたりだけのioraは、桃が言うように久し振りだが
もう昔のioraとは違っていた

最新アルバムの冒頭曲「鳥の国、亀の国」が始まると
いきなりCaravanのみんながいるかのような賑やかさが伝わってきた

お客さんも最初から自然とノッて、手拍子が起こる
ioraはお決まりのやり方ではなく、ちょいとした新しいライヴスタイルを披露

CDではフェイドアウトしていくかと思いきや
ヴァイオリン・ソロがまた遠くから戻って来る効果が楽しいが
周ひとりのギターでフェイドアウトして…
桃と顔を見合わせるや…またまた盛り上げる!
なんとも愉快なふたりに、お客さんもみんなつられて愉しくなる!!

何度も聞いてきた「ゆれる月の上で」も、いつになく力がこもっている
ioraのボーカルはほんとに成長してきた
聞くごとに熱くなり、心から喜びに満ち溢れている

OSOが再び現れ、ioraの「リズム」を強烈なフラメンコギターがバックアップ
感極まったかのように周のギターもさらに大興奮!
…だが、あまりにも熱い演奏に…周のギターは弦が切れてしまった…!!

ライヴは何があるかわからない
弦が切れたことも以前あった記憶がある…
しかし、もうあわてふためていたころのioraではない

周と桃のトークは、怖いものなしであるかのように乗り切った

そこへ大熊さんが、自分のギターを貸して下さった
激しいジプシールンバ調のリズムは、ガットギターでなければ弾けない

思わず喜び、大熊師匠のギターを抱える周に
「だけど、次の曲はそのギターじゃないんじゃん!」

桃の突っ込みに笑う周
そう…次はバラード曲…だったのだ
ギターを変え、iora究極の愛のうた…「まぼろし」を熱唱

そして、OSOと共演するからには外せない曲…「雷鳥」
尺八の大空を駆け抜ける風の音色
間奏のフラメンコギターも、もはやこの曲にはなくてはならない存在

さらに尺八とフラメンコギターのコラボでは、やはり「オーガ」も捨て難い!
桃ちゃんのボーカルは、またまた工夫されていて…いつもとは一味違ったもの
ライヴごとにアレンジを変えるのも聞くほうにしてみれば
やっぱり来て良かったなぁ!…と、嬉しくなる

エンディングは最近のライヴでは欠かせないあの曲!…「ブランコブランカ」
モノに憑かれたかのようにフルートを吹きまくる桃
Caravanとやるときには、桃がメンバーを煽り…アドリヴが飛び交うこの曲
いったいふたりだけで…どうなるのか?

しかし、もう…なんの不安もなかった!
桃の大迫力の存在感は、みずから煽り…客席にまで飛び出して…暴れた!

いつもなら、マーくんの超絶ベースソロや大ちゃんのヴォイスが暴走するが
今回は…周のギター一本!
しかし、満面笑顔がとりえの周…ジプシールンバギターを弾いて…
弾いて…弾いて…弾きまくった!

最後には、お店の名前まで歌詞にして大熱演の桃!
いやぁ!…まいったまいった!
ふたりだけでここまで盛り上げるioraに脱帽!

Caravanの人数がどんどん増え、その重厚で豊かなバンドサウンドを堪能すると
ふたりだけのioraって…周のギターだけで…大丈夫?
そんな心配は吹っ飛んでしまった

百戦錬磨のライヴ戦士ioraは、確実に大きくなっていた
しかし、これもCaravanのみんなの大きなパワーをもらっているからこそなのだ

2時間の盛りだくさんなライヴ…あっという間だったが
聞き応えは十分だった

ちょっと長すぎたレポートとなってしまったが…
ほんとにほんとに最高だった

最後に、このお店のPAは狭いながらも非常にいい音で鳴っていたのに感心した
大熊さんもステージで話されていたが
なかなかいい音響のライヴ会場というには少ないもの

その点…恵比寿「駅前バー」は特筆すべきところだった

【2009/07/05 18:08】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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4つの季節に彩られた天窓ライヴ

6月27日はioraの企画した4組のユニットが登場するライヴだった

土曜は休みが3週目しかなくなってしまったのだが
結局、この日は2時前に早終いとなるほど…ヒマだった
しかし、こんな中途半端な時間に終わると、どうするか…
ちょっと考えてしまうではないかっ…

というのはウソ
僕がヒマをつぶすところは決まっている
昔から本屋かレコード屋…もちろん今はCD屋

それにしても、最近はCD屋がほんとにすいている
特に若い子がいないのだ

僕が高校生のころ、毎日学校帰りにはレコード屋によっていた
そのころの同年代だけが、今ではCD屋にチラホラするだけで
なんとも寂しい時代となってしまった

で、毎回、J-Popの「ア」のはじっこをちょいと見て
「アイオラ 五番目の季節」がまだあるのを確認…

なんやかんやで1時間以上いて、ミンガスのカーネギー・ライヴ
映画音楽いろいろ、ドボルザークのピアノトリオ、バッハのフーガの技法
ジャンゴの初CD化アルバムを3枚、レッド・ツェッペリンなどなど買った

なぜ、この不況時に僕がCDを買うお金があるかといえば
あのアソー君が定額給付金をくれたからでもある

それでも時間が余っているので、杏奴でアイスコーヒーをいただくことにした
ちょうど、お店はお客が一人しかおらず
ママさんは、奥で遅めのお食事中だった

さてさて…土曜の午後の話をだらだら書いても長くなるばかりなので
ライヴの話に入ろう

4組中…トップはioraが北海道ツアーでジョイントした田野崎文ちゃん
ピアノの弾き語りで、静かに歌うその声は
70年代のシンガーソングライターを想わせる

とても詩が音楽と自然に溶け合っていて
さっそくCDを買ってしまった
文さんに自己紹介して、サインしてもらったのだが
彼女、すらっと背が高いのにはあらためて驚いた
話し方も物腰も歌も落ち着いていて、ほっこりとして…北海道そのもの

さて、文ちゃんのステージでは1曲だけioraのふたりが参加して
これもなかなか違った味わいだが、桃ちゃん、周の声と文ちゃんは
けっこうしっとりと合うもんだなぁと思った

また、この3人のライヴも聞いてみたい

2番目に登場したのは、ターニャのふたり
平田くんの超絶テクニックのギター、なをさんの独特な歌声は
いつ聞いても広がりのある優しいターニャ・サウンドとなっている

実はこの日、昼間も別なところでライヴをやっていたとのこと
彼らも着実に自分たちの音楽を追求し続けているんだなぁ

ところで、文ちゃんが「春」ということなのだが
ターニャが「夏」というのは…どちらかというと…
文ちゃんとは違ったもうひとつの「春」を感じさせる

そして、3番目はAo-NeKoという、初めて聞くユニットだった
メンバーは、もっと多いバンドらしいが、今回はピアノとパーカッションと
ボーカルのAoiさん…これがまた、お笑い芸人か歌手か?と疑いたくなる
ぶッ飛びトークの女性ボーカリストだった

トークのノリは友近?…あまりの爆笑トークに、妻は終わった後
「関西ですか!?」と話しかける始末
女房は関西のお笑いは感覚的に好きだが、思わず聞いてみたくなったんだろう
しかし、彼女は愛知出身だと言っていた

あまりにも笑いっぱなしなので、何を歌ったか忘れてしまったが…
美容院での体験一部始終の歌とか…えーと…
あっ、そうそう!

最後にioraの桃とデュエットした曲は、これまた意外にも
まじめでなかなかの歌唱力だった
しかし、そのパワーは大したもので、桃ちゃんがおしとやかに見えたくらいだから
ライヴならではのノリの良さをたっぷりと発揮してくれていた

ちなみにピアノの山本氏はメジャーのケミストリーや映画・ドラマ主題歌など
数多くの作曲家としても活躍しているというのだから驚く

さてさて…最後はわがioraの登場
四季最後は「冬」ということで最初の曲は「雷鳥」

iora周・桃にベースのマーくんという3人編成で
あの尺八とフラメンコ・ギターが間奏を奏でる雷鳥を
どんな風にアレンジするのか…わくわくしていたが…

マーくんのベースはベースのフレーズのみならず
間奏ではベースでの高音を使ったアドリヴで歌い上げ
それでいて、ちゃんとしっかり重低音で全体のサウンドを引き締めていた

まさに過不足なく、やるべき任務をクールにこなす姿勢に舌を巻く思いだった

いや、1曲目で驚いていてはいけない!
アッポテンポの曲に至っては、ドライヴすることにかけてはお手のモノ!
圧倒的なのは、桃が立ってフルートを吹きまくる「ブランコブランカ」での
ベース・ソロ!

様々なペダル操作で音色を変え、懐かしのジミ・ヘンか?と言いたくなるプレイから
桃に煽られて、さらにさらにブレイクしたパフォーマンスを見せ…聞かせてくれた

そして、桃にベースを渡して…
桃も自分で出したすごいサウンドに驚いては興奮する一幕もあり
いやはや…楽しいステージとなった

こんなすごいサウンドで暴れまくるベーシストは、ちょっといないだろう
ますます僕はマーくんの魅力にとりつかれてしまった

そして、ターニャのギタリストでiora The Caravanのギタリストでもある
マーガリン・平田くんも参加して、「歩き疲れて眠りたい」を
平田・マーのアドリヴ・バトルでえんえんと盛り上げてくれた

これが最後の曲だったのだが、やはりアンコールの拍手が鳴りやまなかった

ioraは桃のフルートをフューチャーした「CASINO」で
またもやブレイクして、最後の最後をガッツリ締めてくれた!!

4組のまったく違った個性的なソロからバンドまで
実に盛りだくさんだったが、最後までもっと聞きたかったと
残念な思いが残ってしまったライヴとなった

杏奴ママと桃ちゃんのママもかけつけてくれて
帰りはiora PTAのみんなで、わいわい話しながら駅へ向かいました

ふう…

【2009/06/28 14:53】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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57歳のサプライズ

6月は僕にとっても、家族にとっても特別な月
なぜなら、僕も息子ふたりとも6月生まれだから

長男が7日…周が13日…僕が22日
つまり、毎週が誕生日

子供のころは、友だちもたくさん来てもらって
誕生日は最高に楽しいものだった

だが、息子たちの誕生日が先に連続してあるので
僕の誕生日を祝うということは
だんだんなくなってきていた

まぁ…いい歳だし…なんて…思っていた

今年は、ioraが沖縄ツアーで妻が犬のお世話で泊っているから
「じゃあ、杏奴でカレーでも食べて誕生日したら?」
…と、女房が言うので待ち合わせることにした

すると、アンデリーズのサラダさんも22日に
杏奴でお話したいとメールがあった

あー、じゃ、ちょうどいいね

仕事もヒマで、夕方杏奴に行くと
なんと…めったに来ない長男までやって来た!

女房は…カウンターの奥で何やら忙しそう

そして…閉店後…女房の手作り料理がどっさりと運ばれてきた!

そうか!…カレーでも食べたら?…というのは
サプライズ・パーティにするための
カワイイうそだったのか…

さらに…サラダさんからはケーキのプレゼントが!
明かりが消えたと思ったら…ローソクの灯がつけられ
「♪ハッピー・バースディー・ツー・ユー」
…と、みんなの歌声

ケーキのローソクを吹き消すなんて…何年ぶり?
いや、何十年ぶりだろう!?

杏奴ママとサラダさんからは、さらにさらにプレゼントまでいただいた

**********************************************************************

23日…夕方、帰ろうとしたら、妻から電話
ioraが帰ってきたし、こっちへ来てほしいと言う
じゃあ、行こうか

そうして、ドアを開けてみると
桃ちゃんが「誕生日おめでとう!」と
プレゼントをわたしてくれた!

「ほんとは、部屋に置いてあって、おかあさんにメールしといてって
周にたのんだのにー…忘れてんだよー!」

たはは…周らしいや!
こいつくらい忘れっぽいヤツいないからね!

でも、おかげで桃ちゃんから直接もらったほうが
嬉しかったし…よかったかもね!

そういうわけで
今年は、なんて素敵なサプライズ・バースディーだったことか!

57歳
退職まであと3年…

引退したら、好きなことやるぞぉー!

【2009/06/23 23:05】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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美しきものには目を奪われる

きれいなものがあると
ハッとする

感覚的に感じるものを
いつも見て
目が楽しむのを嬉しく想う

だから、花でも木でも雲でも
絵でもデザインでも彫刻でも
どんなモノでも
魅かれるものには、つい目が往ってしまう

幼い周も同じだった
絵が好きで、赤ん坊のころから何やら描いていた

そして、歩けるようになると
美しい花を見つけ、にこにこして叫んだ
「ほら、見て〜! きれいだよ〜!」

買い物に都内へ出ると、大変だった
独りでちょこちょこきれいなモノを見つけては
走って行く

いなくなったと思ったら
宝石売り場のショーウィンドウに
顔をくっつけて動かない

画廊に行くと、指をくっつけんばかりに指さしてこう言う
「ホラ!こんなにきれいだよ!」
それを見たスタッフは、大慌てで走って来ては
「あっ…さわらないでねー!」

あの子が指さし始めると、こっちが冷や汗ものだった

**********************************************************************

そういう僕も、今だに電車の中でも
美しいかたには つい目がいってしまう

今どきは、痴漢だのセクハラだのと
勘違いされるご時世だから
なるべく失礼のないようには、しているのだが…
せめて、見るだけはお許し願いたい

ところで

昨日行った眼科では担当のお医者さんが二人いて
1人は中年男性だが
もうひとりは若い美人女医…

そのときによって、どちらが当たるかは偶然による

今回は美人女医さんだった
眼球にライトを当ててこう言った

「はい…じゃあ…遠くを見るようにして下さいね」
「はい」

「あ…私を見るんじゃなくて、こっちの(左手)ずっと遠くをね」
「はい」

「あ〜…私をそんなに見つめないでっ…
こっちの遠くのほうを見て下さいねっ」

「…すいません…つい」

【2009/06/21 10:39】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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行列の嫌いな僕の方法

緑内障なので、2ヶ月に一度くらいの土休には眼科に行く
病院というところは、いつ行っても混雑していて
とにかく…ひたすら…待つのだ

だが、慣れてくると比較的混雑していない時間帯がわかってくる

あ…言っちゃおうかな…言うと…混雑するかなぁ
いや、世界一アクセス数の少ないブログだから
そんな心配は無用

最初のころ、知らずに開始時刻の9時に来たら
そのずっと前から並んでいる人でいっぱいだった
結局、9時前に行っても1時間以上待たされてしまった

そこで考えた

病院は、お年寄りが多い
老人は早起きだ
だから、早めに来る

それなら、この行列が途絶えた10時に来ても
たいして変わらんじゃないだろうか

そう思って10時に来てみると
意外と待たされることはなかった

たいがいの日本人はセッカチだ
なんでも早めに!
…という人が多い

だから、早朝から混雑を避けて行こうとする人が多い
そのために、朝早くから混むのだ

これは電車でも同じで
発車間際に大混雑のところへ無理やり乗り込んで来る人が多い

なんだか得したような気分で必死になって乗るんだろうが
次の電車は、意外にも空いていたりするのだ

集団行動が好きな農耕民族の日本人だから
その逆を行けば、すいている

子供がちっちゃいころ
ディズニーランドに行くには、いつなら混まないかを考えた

正月…春休み…ゴールデンウィーク…夏休み…行楽日和の秋の連休…冬休み

みんな混むに決まってる

そこで、梅雨時の6月の…谷間の晴れた日
それ行け!

予想は当たった
行列はある程度仕方なかったが
2時間も待つようなことはなかった

【2009/06/20 19:20】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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雨がふります

こどものころ 一番好きだった歌がある
ほとんど覚えていないんだけど
その証拠に 真ん中の穴が大きく楕円になってしまったレコードがあった

昔のレコードは 回転が速くて 何十回もかけてるうちに
穴が広がってしまうんだ

その曲が 「雨がふります」

雨がふります 雨がふる 遊びにゆきたし 傘はなし

マイナーで悲しいメロディー

6月生まれだから こんな曲が好きだったのか
親に買ってもらったから 嬉しくて 繰り返し聞いたのか
物心ついたときには 理由もわからなかった が

かけてみると うわーん うわーん と
揺れて 気持ちの悪い音楽になっていた

どしゃぶりの梅雨時には いつも思い出す

【2009/06/15 23:34】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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ようこそ先輩 ナベサダのサンバ

日曜朝8時25分からNHKでやっている
「ようこそ先輩」
はもう数年来、毎週見ている

様々なジャンルの人が出身母校である小学校に訪れ
自分で考案した独自な授業を2日間にわたって行うのだが
たった2日の間に、子供たちが大きく変化していくようすが
たまらなく楽しい…!

今日は、ナベサダことジャズ・ミュージシャンの渡辺貞夫だった
76歳(!)のナベサダVS小学6年生
この歳の差は、やはり大きなものだった

ナベサダはサンバのリズムをみんなでやろう!…と
クラスの子供たちに呼びかける…が
なんとも…暗く…静まりかえった子供たちの表情

あまりにもノラナイので、とりあえず大きな声を出してみよう!
そう言って、セーノ…で「わーっ」とみんなで叫んでみたつもりが…
声をあげたのは、ナベサダじいさん一人…

凍りつく教室を後に…「手ごわいなぁ」…と、ガッカリするナベサダ

テレビカメラがいきなり教室に入ってきた緊張もあったろう
そして、白髪のおじいさんがイキナリ「さんば」をやろう…なんて
意気込んでまくしたてたところで、孤立化している現代小学生には
無邪気に「わーい!」と、飛びついてくるほど元気ではない

…でも、日本人ってだいたい最初はのらないよねぇ…
こう言ったのは妻である

確かに、日本人はまず、周りの人の反応を見ることが優先する
そして、みんながどうするか…で、行動するのだ
それは、今も昔も変わらない

休憩をはさんで、西アフリカのパーカッショニストが太鼓を打ち
ナベサダがサックスを吹き、黒板にサンバのリズムを書き
教室の自分の椅子を叩いて、リズムを体で感じる…

こうした実体験が、子供たちを徐々に変えていく…

体育館に用意されたサンバで使う各種の太鼓をみんなで分担し
楽器特有のリズム・パターンを練習する

宇都宮地元のサンバ・グループのお姉さんたちがやってきて
お手本のリズムを披露
彼女たちの指導もあり、子供たちは実際の太鼓を打つ楽しさから
だんだんとノッテきた

翌日、外へ出て大合奏…
しかし、ナベサダはその前にちょっと予定を変更した
「ちょっと難しいから、昨日教えたリズムは省略して、半分にしよう」

ところが、授業の後…各パートのグループはみんな一所懸命練習してたのだ!
「あのう…できるようになったから…昨日のリズムやりたいんですけど…」

なんと!
子供たちのほうから難しいオリジナルのリズムをやりたがっている!

大人が心配するほど、子供はヤワじゃない
…ほんとは…難しいことをクリアしたがっているのだ
ほんとは、そのぐらいのパワーを秘めているんだ!

そして、大合奏が終わり…ナベサダが帰るころになって
子供たちは、サヨナラの代わりにみんなで大絶叫した
「ワーッ」
昨日、最初に出会ったときには考えられないほどのパワーが
サンバの体験で爆発したかのようだ
やっとおなかの底から、大声が自然と出てきたのだ

この番組では、毎回このラストシーンが素晴らしい
何人かは、人生に大変化があったかもしれない

すばらしい先輩との出会い…
子供の時の大きな体験は生涯忘れられないだろうなぁ

【2009/06/14 12:23】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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周という子が生まれた日

1980年という年は、ほんとうにいろいろあった年だった
前年から秋川に住むデザイナーのTさんと親しくなり
毎週のように遊びに通うようになり…

ついに、80年春
秋川の河原で野外ライヴをやることになった

そのとき、妻は大きなオナカをして
それでもスタッフとして、3歳の長男の手をひきながら
あれやこれやと、がんばってくれた

川原の近くにあるお家のかたから
電源を分けていただいて
アンプにスピーカーにミキサーにシンセサイザーにエコーチェンバーに
当時の20キロ以上あったオープンリールテープデッキまで担いで

とにかく、今なら超軽量で済んだメカを
当時はめちゃくちゃに重量級なやつを
えんやこら担いで、やっと始めたコンサートだった

参加してくれたデザイナーの友人は
大きな紙を持って来て、子供たちと絵を描いた

僕の音楽はフリー・ミュージックなので
友だちも自由に歌ったり
舞踏家の友人は踊りだして、ついには裸で川に飛び込んだりした

参加した人々は、川原でバーベキューを楽しみ
最後は小さな子もシンセをさわりだして
もう大騒ぎ…

そのすぐ後には、友だちの紹介で日野市にある一軒家に引っ越すことになった
なんでもアメリカ在住の絵本作家である八島太郎氏の甥っ子であるという
そういう関係で、お宅には原画がたくさんあった

6月13日金曜日
ついに出産

夕方6時すぎ
病院から電話
「元気な男の子ですよ!」

僕は長男と初めての親子二人暮らし
えーと…名前だな…名前を考えてなかった…

実は、長男のときは、生まれる数か月前から決めていたのに
二番目ともなると、まるで思い浮かばなかった

最初の時は、女の子の名前も考えていたから
…女だったら、とりあえず…なんとかなるけど…

ふたりとも男となると…
長男の世話やらで、あっという間に5日が過ぎた

明日は出勤しなきゃならないし…今日は役所に行こう…
そんなときに限って、大雨

漢和辞典をパラパラめくっているうち
「周」という字に目が止まった
「これだ!!」

僕はこどもの名前は、一声で呼べる短いものにしたかった
どうせみんな省略するんだ
それなら、最初からこれ以上省略できないものがいい

「周」
「シュー」

おなかにいるときから、すごく動く子で
妻が笑うと、ユッサユッサと揺れるほど動いていた
「一緒に笑ってんじゃない?」

動きのある子だから「周」はピッタリだ

周は神経質で、寝つきの悪い子だった
子守唄を歌って、やっと寝たと思って
そーっとベッドに置くと「オンギャー!」

それを何度も繰り返して、毎晩女房と交代で寝かしつけた
僕が残業で、終電で帰ってきてもまだ起きている!
疲れて、妻のほうがスヤスヤ…

そして、12月
ビートルズのジョン・レノンが殺された
…もう、頭をガーンとぶんなぐられたくらいショックだった

たまらず、追悼曲を作った

**********************************************************************

あれから、29年

周は夫婦で歌を歌うようになって、早9年

相変わらず、ヒヤヒヤさせられる目が離せないヤツだが
どうにか、忙しく音楽三昧の日々らしい

あとになって知ったことだが
古代エジプトの神シューは空気の神だとか
天と地の間にあって、みんなの間を包んでいる…

iora The Caravan の個性的で輝く才能あふれる仲間たちの中にあって
周の存在は、まさにシューの役割そのもの

保育園の先生によく言われた
「しゅうくん、笑うと目がないのねぇ」
周の笑顔は、みんなを和ませた

…誕生日おめでとう

また、その笑顔で会いたいね

【2009/06/13 23:28】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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計画的に計画的な計画を計画

6月7日は長男の誕生日だった
32年もたっているのに
つい昨日のことのように新鮮な記憶が蘇ってくる

ところで、6月は僕をふくめ
ふたりの息子が生まれた月

これは偶然ではない
計画的な結果…なのだ

女房は計画するのが好きだ

その最も記憶に残る大事業は「出産」である
夏の暑い時期に大きなオナカをしていたくない
そう考えた彼女は計画的に6月に出産することを計画

痩せすぎで高齢出産(長男出産は30歳)とあれば
難産の危険性あり…?
そう心配した妻は、計画的に準備に入った

小食で、好き嫌いの多かった彼女は
朝からケーキを食べるようなめちゃくちゃな食生活だった
そこで、小魚などを料理に混ぜ、味噌汁のダシも煮干しを使い
捨てずに食べた

冷え性だったことから、ヨガをやってる舞踏家の友人に聞き
毎朝サフランのメシベをお湯に溶いて飲んだ
これで完治!

流産防止には干しブドウだよ

そう聞いて、毎日オヤツにはレーズン

さらに、ヨガで体調を整え、硬かった体をほぐし
骨盤を開き…見事に短時間の安産!
何しろ長男が30分…次男が20分

「あれ?もう終わり?」
自分でも驚くくらい軽かったという
お見事!!…と言うしかない

しかし、産後は当然梅雨どきで
部屋の中は、どっさりたまる赤ん坊の洗濯物の花が咲いた
特に次男の時は、長梅雨に冷夏で洗濯物を乾かすのにストーブをつけた

人生、計画どおりにはいかないのが常
しかし、それにもめげず、せっせとまた新たな計画を練る

何しろ僕が死んだ後まで計画しているというから驚く
…ん?

俺が先かぁ!?

【2009/06/07 22:58】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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映画「おくりびと」を見て想う

さんざんテレビでも、アカデミー賞受賞ということで
この映画については騒がれすぎていたせいもあって
もう少し忘れたころに、静かに見ようと思っていたところ…

長男が休日にDVDをレンタルしてきたので
家族で見ることにした

最初の印象は、有名なシーンがテレビで切り刻まれて
いかに多くの情報として、すでに「見て」しまっているかということ
最近では、情報番組だらけの毎日なので
ヒットした映画の名場面は、いやが上にも新鮮味を奪われてしまっている

そして、数々の称賛のことば
感動しました…涙が止まりませんでした…
納棺師という仕事があることを初めて知りました…

そういった人々の感想までもが
見ると同時に、自分の感想であるかのように脳裏を埋め尽くす

しかし、そういった言い尽された情報を超えて
深く考えざるをえないのは
やはり「死」に対する受け入れ難い重さだった

誰もが涙を抑えることができないのは
身近な人の死を迎えることのつらさを共同体験することが
耐え難く悲しいことだからだろうと思う

この映画で淡々と描かれていく納棺の儀式では
様々な状況の結果としての「遺体」が出演している

結果としての「とりかえしのつかない」現実の前には
余計な言葉などまったく不要だ

それが日本映画では、よくありがちな
セリフで説明してしまう愚かさを避けた映像表現となって
見る側に深い余韻を与えてくれていたように思う

そして、現代日本人である我々が、いかに日常の中では
「死」というものを忘れ去ろうとしているかということが
主人公の妻や旧友の言葉に集約されている

「ふつうの仕事をしてほしいのよ」
「けがらわしい」

日本では古くから「穢れ(けがれ)」としての「死」を怖れ
封印することで「清め」ては、忘れようとしてきた

「もっとましな仕事しろよ」

このセリフは「死」に関わることすべてを差別することで
「ふつうの人」には関係ない「ふつうの日常」が
我々にはあるのだと思い込んでいる自分たちに突き刺さる

そして、この作品は納棺師という職業がいかに尊厳と様式美をもって
最後の旅立ちの黒子を演じているかを知らしめる映画ではない

仕事として日々見知らぬ遺体に慣れていく主人公が
心の奥で忘れようとしてきた生き別れた父の遺体との対面に
ほんとうの意味での「清め」の役割が生きてくるのだ

なぜなら、本来の遺体の清めの儀式は、遺族がやってきたからなのだ
僕らの子供のころは、父や母から葬儀があるたびに
そういった話は、よく耳にしたものだった

しかし、葬式がセレモニーホールで行われ、すべては葬儀屋さんが
何から何まで取り仕切ってしまう時代には、納棺までもが
専門家の手に任されている

ここ数年の間に、僕は母と父の葬儀を通して
やっと現代日本の葬式という「なかみ」を知った

そして、少しわかったような気になったころ
次は…自分が「おくられる」のかと考える年頃…である

映画のセリフではないが、人は「誰でも死ぬ」
誰もがいつかは誰かをおくらなければならないし
おくられる日がやってくる

さけられない「死」をどう迎えるか
死ぬまで考えていきたい

*********************************************************************

糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」に本木雅弘、糸井重里
そして哲学者の中沢新一の3人による座談会が載っていた

リラックスした雰囲気の中で、本木雅弘が15年あたためてきた経緯
そして、糸井と中沢の深い感想など、読み応えがあったので
下記に紹介しておきます

12回にわたる長いものなので、時間のあるときに
ごゆっくりお読み下さい

http://www.1101.com/okuribito/2008-11-25.html

【2009/06/07 17:46】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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ビートルズのポールは死んでなかった その4

今では忘れられたビートルズ現役中(1969年)の事件のひとつに
「ポール死亡説」というのがあった

テレビやラジオしか情報がなかった時代
しかも、あのころのテレビは小さいうえに
ボヤケタ映像で、リアル感がうすかったせいもあって
このインチキ情報は、意外と信じられた

すぐにポール自身が「生きている」宣言を出したが
人々は、ナゾが好きなのだった

こんなウソが出てきた背景には
ビートルズがライヴをやらなくなり
世界は彼らのまさに「生きている」姿を見られなくなったことへの
不満が鬱積していたからだろう

何しろ、中高生の僕らにしてみれば
ついこの間、日本に来て大騒ぎした連中が
ヒゲを生やしたり、髪を超のばしたり
くるくると変身し続けていくのだから…

しかし、レコードを聞いてみれば
ポールが死んでいたら、後期の傑作が
どうして替え玉にできるんだ?…と
かえって疑いたくなるばかりだった

そして、ベースの腕はますます冴えわたり
ピアノ、ギター、メロトロン…すべての楽器は
ほかのビートルズより上手かったんだ

さらに、あのボーカル
美しいバラードから、とんでもない高音のシャウトまで
声域もテクニック的にもジョンを超えていたのは
言うまでもない

ジョンは、自分の声が嫌いだったという
しかし、デビューするとき「ポールとビートルズ」という会社からの提案には
ガンとして反対したらしい
「俺たちは4人でビートルズだ!」

当時、プレスリーを始め、ボーカリストは一人で
バンドはバック・ミュージシャンというスタイル

しかし、ビートルズはそれを壊した
だから、ヘタなリンゴにまで最低1曲は歌わせたし
一番年下のジョージ(デビュー時、19歳!)にも歌わせた

さて、この独断的ビートルズ話の最後(?)に
ポールのすごさも書いておきたい

「イエスタディ」以後、アルバム「リボルバー」(1966年)あたりから
ポール自身も解散後、何度も取り上げている名曲を
大量に作りつづける

"Eleanor Rigby" "Here, There And Everywhere" "Good Day Sunshine"
リンゴが歌う"Yellow Submarine"もポールの作
"Got To Get You Into My Life" "The Fool On The Hill"
"Your Mother Should Know" "Hello, Goodbye" "Penny Lane"
"Ob-La-Di, Ob-La-Da" "Blackbird" "Mother Nature's Son"
"Oh! Darling" "Let It Be" "The Long And Winding Road"
"Lady Madonna" "Hey Jude"

これら、有名曲だけでもかなりの曲が後期の3年間に集中している
そして、ジョンの曲に比べると、圧倒的にカバーされているのだ
これについてジョンは解散後、「なんで俺の曲はカバーされないんだろ?」
…と、嘆いていたとか

その原因は、わかりやすい歌詞と歌いやすくて効果的なメロディーだからだ

ジョンとポールはたった2つ違いで、同じ中学で一緒に歌い続けてきた
だから、歳の差はそれほど問題にならなかっただろう
じゃあ、なぜ最初の3年はジョンばかりが名曲を生んだのか?

それは、スタート当初、ロック・バンドだったからだ
ポールの初期の曲は、ワン・パターンのロックンロール
それを完全消化したのが、ジョンだった

人によっては、ビートルズはちっともロックっぽくないと感じていたが
ブルースのB.B.Kingは、当時を振り返ってこう言っている

「イギリスでは若い連中がみんなブルースをやっていたのには驚いたがね…
でも、その中で消化して自分たちのものにしていたのは
ビートルズだけだった」

ポールはバンド活動しなくなってから、自由な形で名作を書けた
でも、やはり彼にはジョンが必要だったんだ

ビートルズはしだいに一緒にいる時間が少なくなって
お互いを必要としなくなった
そのため、心までも遠い距離を感じるようになっていった

ビートルズが最後に出したアルバム「レット・イット・ビー」では
ポールの悩みがそのまま歌われている

"The Long & Winding Road" (長く曲がりくねった道)は
ポールとジョンの心が離れてしまった切ない歌だ

ジョンは1969年から、もうやめてソロ活動に専念すると言っていたが
周囲は抑えてくれと嘆願していた
その翌年、ポールはソロ・アルバムを作って脱退宣言する

そのニュースに、マスコミはジョンへ質問した
「ポールの脱退宣言を聞いてどうですか?」

「よかったよ!ポールが生きてて」

【2009/05/31 21:33】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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ビートルズの駄作アルバムにある埋もれた傑作 その3

数あるビートルズの公式アルバムでも世紀の駄作がある!

「イエロー・サブマリン」

僕でもアルバムとしては、聞く気にならない
中古屋に行くと、特に「イエロー…」のCDがいつも置いてある

「イエロー・サブマリン」はアニメ映画のサントラ
ビートルズは、マネージャーが自殺した後でまとめ役がおらず
捨てるような曲しか提供しなかった

結局、アルバムは新曲は4曲だけ
そのうちジョージの退屈な2曲と
映画の最後に実写で登場するビートルズが歌うという設定のポールの
あほらしいくらい意味のない歌詞の"All Together Now"

しかし、ジョンの後期の最高傑作が1曲だけ輝いている!!

"Hey Bulldog"

ポールのシングル曲「レディ・マドンナ」の演奏シーンを撮影するために
スタジオに集合したとき、せっかくだから作りかけのヤツやろうか…と
結局、みんなでやっちまったノリノリの演奏

ジョンがのってるときのポールのリード・ギター、ベースはすごい
めちゃくちゃなジョンの歌詞を強力なロック・ナンバーに仕上げている
シングル・ヒットの「レディ・マドンナ」と非常に似たサウンドなのは
時期的にも同じころだったからだ

しかし、この曲を高く評価したいのは
歌詞なんて意味はなくてもいい!…というお手本だからだ

やっぱりビートルズの最大の魅力は、ジョンとポールのデュオ!
それがYOU TUBEでも見られる!

http://www.youtube.com/watch?v=UaRz-3DYV7c


ベースがいい!

ベース・マニア向けにこんな動画もあった

http://www.youtube.com/watch?v=tyNOs-MqsTU&feature=related

【2009/05/31 17:48】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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ビートルズのほんとうの魅力その2

ビートルズは1962年にメジャー・デビューした
そして、1970年に解散した
8年

普通にはそう言われているが
1962年は10月に"Love Me Do"を出しただけ
1970年は4月にポールが脱退宣言しただけで
実質的には6年間

そのうち初期の3年は
名曲のほとんどをジョン・レノンが作り、歌っている

しかし、1965年あたりからジョンはやる気を失い
入れ替わるようにポールが開花していく

アルバムでは"HELP!"…
A面(CDでは前半)はジョンの曲はまだまだいい曲が多いが
最後のほうに至って、ポール一人が張り切っているのだ
"Yesterday"が、象徴的な分岐点

ポール一人の弾き語り…そして弦楽四重奏
この曲で、ビートルズは初めてエレキ・バンドのイメージから脱皮した

アルバム"RUBBER SOUL"では
ジョンはしだいに内省的な曲を作る
今になって考えると、シンガーソングライター的な曲作りになっていく

ポールの名曲「ミッシェル」も
コード展開はジョンが関与しているのは明白

1966年ビートルズはライヴを一切やめてしまう
バンドはレコードを録音するときだけ集合する
ここからスタジオで思う存分凝った音色追及に向かう

つまり、ライヴ・バンドではなく
サウンド志向のスタジオ・ミュージシャンだ

ポールはビートルズの主導権を握り
アルバムの構想を企画し、ジョンは参加して曲を提供する立場になる
だから、ジョンの曲に力がなくなり
逆にポールは名曲を書き続ける

後半のポールのメロディー・メイカーとしてのヒットが
ビートルズの主役はポールだという印象に移行していく

僕が高校生だった1967〜69年は
まさにポールのビートルズ時代

ポール一人がまともなミュージシャンで
ジョンはヨーコに狂った変人というイメージが強かった

ロック史の金字塔と讃えられる「サージェント・ペパー…」は
当時、サウンドのおもしろさに耳を奪われ
名曲ぞろいだと思われていた

しかし、サウンドを剥ぎ取ると
魅力ある曲はあまりない

その後の「ホワイト・アルバム」は完全にバラバラで
各自がソロ作品を持ち寄っただけ…

そのことは彼らも痛いほどわかっていたんだろう

ロック界はビートルズの後を追うように
様々なサウンドを駆使したニュー・ロック(この言葉…古いなぁ!)があふれ
その後は続々解散して、シンガーソングライターの時代になる

つまり…ロックの終焉

6年間の間、ビートルズほど変化したバンドはない
すべてが、その後のポップ界ロック界のお手本になった
いくらローリング・ストーンズが長寿だといったって
世界に与えた影響力は比べものにならない

そんなビートルズが一番強烈な印象を放っていたのは
やはり、ジョンが率いるロック・バンドとしてのビートルズだ

まだまだ つづくぞ!

【2009/05/31 09:09】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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ほんとに好きなビートルズのそこんとこ その1

ビートルズが日本で紹介されたのは
全米デビューした1964年だというから
僕の記憶もまんざらじゃないなと思う

当時、小6だった僕はテレビが唯一の情報源で
確か、スリー・ファンキーズが日本語で
「おまえを抱きしめたぁ〜〜い 」
と、歌っていたのを覚えているから

ちなみにスリー・ファンキーズは初代ジャニーズを作った
ジャニー喜多川のキッカケにもなったという
日本初代のイケメン・アイドル・グループ

そんなことはどうでもいいが、僕はクラシックに夢中で
中学に入ると、音楽好きの友人が盛んにビートルズはすごいと言うので
ラジオの電話リクエスト番組で、初めて本家ビートルズを聞いてみた

中2になると、来日騒ぎで、何をそんなに騒いでいるのか
むしろ不思議な気がした

テレビのビートルズは、それほどすごい演奏ではなく
ニセモノだったんじゃないかという疑惑報道もあったっけ

ビートルズ来日前後、その影響からか日本中でバンド・ブームが起こり
教育委員会はエレキ・ギターを子供たちに持たせないよう禁止令が出たほど
逆にいうと、それだけ誰もが夢中になって音楽していたって話だ

髪をのばし、エレキ・ギターを持ってるだけで不良少年!
こう決めたのは、当時の戦前生まれの大人たちで
今の子には信じられない笑い話だろう
今なら不良少年は音楽なんかやらないだろうしね

バンド・ブームでフォークもロックも
日本版バンドのグループ・サウンズも
一緒くたに聞いては歌った中学時代

中3のときには、ブームはマニアだけのものになり
ビートルズもスタジオにこもって作った「サージェント・ペパー」や
「ストロベリー…」「ペニー・レイン」といった当時のバンドには
再現不可能な方向に向かい、僕と友人は、もっぱらコード分析して
歌だけは歌っていた

高校3年…ついにビートルズは解散し…僕は失恋して
ビートルズは過去の遺産になった

4人はソロ活動を開始したが、おもしろかったのはジョンだけで
ポールのつまらなさにはほんとにガッカリした

ビートルズ時代の曲を何度も聞いてきたが
ほんとに彼らがバンドとしても最高だったアルバムは
"A HARD DAY'S NIGHT"

トップのタイトル曲は、撮影中にリンゴが叫んだジョークに
ジョンがひらめいて作った名曲
いきなりのジャーンは、当時どういうコードか
ギター小僧は、みんな研究していた

間奏の12弦ギターも当時はショックだった
後にクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングのクロスビーは
当時を振り返って、フォーク・バンドを目指していた矢先に
このビートルズの映画を見て、エレキの12弦ギターを買いに走ったとか


しかも、この13曲のうちジョンがリード・ボーカルで彼が作ったのは
9曲!
そして、1曲だけジョージがボーカルの曲もジョンの作

半分実際のビートル・マニアの大騒ぎを撮影した映画のサントラでもあるけど
あの狂いそうな喧噪と忙しさの中で作ったアルバムが
最高にいい曲ばかりで、最高にのって演奏しているのがすごい!

僕がこの中でも特に好きなのは
アルバム3曲目の"If I Fell"「恋におちたら」
このコード展開は素晴らしい

イントロのふらふらと定まらない調をつないでいくコード進行と
ポールと6度のコーラスで歌うメインのメロディー
当時、こんなすてきな曲を作れるバンドはなかっただろう

何度聞いても、聞きあきることがない
ジョンのコード展開の陰影
これがほかの曲でも特徴的で、アルバム最後の"I'll Be Back"も素敵だ

メジャーとマイナーが交錯する男心
一本調子で がなりたてるロックンロールから一歩進んだところが
その後のポップを変えていった

ロックの本ではビートルズは中期の傑作「ラバー・ソウル」で
変革を起こしたと書かれているが
ジョンの曲作りは、初期から繊細だった

ジョン・レノンの本当の名曲は
「イマジン」ではない!
初期のビートルズこそ真のジョンなんだ

あぁ…これは 終わりそうもない話になるので
また 今度

【2009/05/27 22:18】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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うんちん

こどもころ、大人たちのことばはすべて耳で聞いて覚えた
それがどんな意味なのかは よくわからないことも多くて
ただ、聞こえるままに覚えた

でも、こどもはこどもなりに
自分のボキャブラリーを駆使して わかろうとする

こどもにとって最初に重要なことは
うんちとか、おしっことかが
ちゃんとできるようになることだ

だから、親から絶えず何度も聞かれる
「おしっこないの? うんちはないの?」

こどもは考える
「大人は誰でもちゃんとできるのかなぁ?」

僕がこどものころ、大人の会話で不思議に思った言葉があった
それは「うんちん」

「うんちんが高いから」

    とか

「うんちんはどのくらいしますか」

母はよく故郷の妹たちに何かと送ったりしていたんだろうと
今になって思う
それで、お店などで買い物をするとき
こんな会話をしていたのだ

でも、僕にとって「うんちん」という言葉の響きは
「うんち」に聞こえた

それでこう考えた
「なんで大人なのに、うんちのことばっかり話してるんだろう?
大人のくせに、うんちがそんなに難しいことなのかなぁ?」

「うんちん」が「運賃」だとわかったのは
ずっと大きくなってからのことだ

…なぁんだ!…そうだったのか!!

中学のころ、本を読んでて
これとまったく同じ幼児体験をしたという作家の文章に出会った

やっぱり誰にも子供のころは、同じようなことを感じるもんなんだぁ
そう思って、ちょっと嬉しくなった

自分にもこどもができて、同じようなカン違いが
我が子にもあるんだなぁ…と
微笑みたくなることが数多くあった

テレビのニュースが始まると
幼い周が走って来るようになった

そして、待ち構えたように叫ぶ

「ホラ!言ったよ!」

何かと思ったら、「日米」という言葉が出るたびに
「また言ったぁ!」と喜んでいる
どうやら「日米」という響きが
「ニチベー」というキャラクター(?)の名前かなんかのように聞こえるらしい

確かにニュースでは、気をつけて聞いていると
何度も「ニチベー!」と言っているように思えてきた

「ニチベー! ニチベー!」

そう連呼しては周は転がって笑っていた

【2009/05/24 16:13】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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ツフムカとヤカチヒルカの熱く幸せな2度目の夜

5月21日 ついにあのターニャとアイオラが
一緒に歌う素晴らしい企画のあの日がやってきた!

去年、高田馬場「四谷天窓」で行われて以来2度目なのだ

題して「ツフムカとヤカチヒルカの夜 vol.2」

この奇妙奇天烈なタイトルは
携帯のひらがな変換でアルファベットを出す方法を使ったものだと
昨年解説してくれていた

つまり ツフムカ⇒iora で ヤカチヒルカ⇒Tahnya
…というわけで、知ったときは
なんとも携帯世代らしい思いつきだなぁ…と、感心した

そんな彼らも、1年の間にずいぶんと変化した

最初に登場したのは、iora周とTahnya平田くんのツイン・ギター
どちらかといえば、お互いの女性パートナーの陰となって(?)
ひたすらギター命とばかり、愛器をしっかり抱きしめている男ふたり…

いったいこの地味な男たちが、何をしでかすのやら…
そんな、心配はまるで不要だった

周は周らしいパワフルなリズム・ギター
平田君は彼らしい、高度なテクニックを駆使したギター・ワーク
まるで同じギターという楽器だけとは思えないほど
色鮮やかに…熱く…逞しく…狂おしく…次から次へと
ノリに乗った時間を僕らに堪能させてくれた

それでいい!
思えばやりたいことがいつも先にあって、すぐに…今すぐに
やらなくちゃ気がすまない周だった…

「いつかいつかって言ってたら、ボク大人になっちゃうよ!」
…うまいこと言いやがるなぁ…と、周のやりたいものに
いつもつきあってきた僕だった

そんな周も平田君のすごいギターには、いつも尊敬の念を抱いていた
平田君は、クールな表情で、かるーく弾いているが
やっていることは、かなり凄腕なのだ
でも、それを感じさせないところが、彼の素晴らしいところでもある

去年の夏、杏奴ライヴでioraのリード・ギターとして参加してくれた
そのとき、僕は初めて彼と話すことができた

広島出身で、これから帰郷するという…
ああ、それなら僕ら夫婦の若いころの友だちの実家が喫茶店やってんだよね
へぇ…行ってみるかな…

そんな会話もステージを見ながら、思い出していた

そう…そして、今年3月…渋谷JZのiora The Caravanのライヴでは
平田君もリード・ギターとしてガンガン弾きまくっていた
特にオープニングのエレキ・ギターは衝撃的だった

周と平田くんは、ギターだけでなく、さらに口三味線ならぬ
ヒューマン・ビート・ボックスまでやりだした!
これもお互いに甲乙つけ難い楽しいものだった

さてさて、ioraのステージが始まった
ベースのマーくん、パーカッション・ノナ、ヴォイス・大輔に
周と桃の5人で、沖縄ツアーメンバーによるキャラバン編成だ

おっと、いきなり「砂のマリア」「ゆれる月の上で」と続く…
特筆すべきは、なんといってもリズム隊がしっかりしていること!
ノナとマーくんのおかげで、どんなに周が弾きやすいことだろう

それは、客席にいる僕にもハッキリと体感できた
とにかく、ツーと言えばカー(なんとも古い表現だが)
何も言わなくても、お互いに欲しい音が反応し合ってる喜び!

こんな熱いバックに乗って、もうはちきれんばかりの桃のヴォーカル!
楽しくて…嬉しくて…幸せー!!!
そんな桃の心の声が聞こえてきそうな気がする

間奏…ん!?…そうか!…大輔!そこにいたんだねっ
…とでも言いたくなるヴォイス・ダイスケのアドリヴが炸裂
そうだよ!…こうでなくちゃ!…これがiora The Caravanの醍醐味
これだけリズムがしっかりしてると、もうどんな自由なアドリヴも
ちゃんと受け止めちゃうところがメンバーの強み!

沖縄以来、それほど多くはジョイントしていなかったはずなのに
星の数ほどいるはずのバンドの中でも
これほどグルーヴしてる演奏もそう多くはないだろう

この合同企画の聞かせどころのひとつは、ioraとTahnyaが
お互いの持ち歌を交換して、カバー演奏するというもの
ioraはTahnyaの「握りしめた温もりにありがとう」
Tahnyaはioraの「星空のキャラバン」を歌った

これはどちらも、いかに個性の強いユニットであるかを感じさせるものだった
桃が歌うターニャの曲は、やはりiora色が強く、桃らしいパワフルな声
それに対して、ターニャのナヲさんが歌うioraの曲は
じわじわと迫ってくる不思議な幻想を思わせるサウンドだった

桃いわく…「周は自分で作詞した曲なのに泣いてましたよ!」
「いやぁ…自分で作った詩をこんなふうに聞くのは初めてなんで…」
まさに、お互いがお互いを認め合う美しい時間だった

Tahnyaのオリジナル曲も、ナヲさんの独特な声に気持ち良く酔いしれた
ギターの平田くんは、周とやったときとは全く違って
静かだが彼らしい奥の深い演奏で驚かせた

テンションを駆使した難度の高いコード・ワークは
ジャズ・ギターを彷彿とさせるが、それ以上にジャンルにこだわらない
オリジナルな世界をしっかりと持っていることに
いつもながら感心してしまう

今回のTahnyaはドラムとベースの4人編成
ドラムはともすると、強烈に煽り立てるが、平田くんはいたってクール
曲によって、どんなタイプの演奏もこなしてしまうところに
彼のすごい幅の広さを感じる

2度目の休憩をはさんで、最後はioraとTahnyaの4人

桃とナヲさんの対照的な2人の女声
そして周のヴォーカルに周と平田くんのギターで
お互いがコード・ワークを提供し合って、作詞作曲したという
これも昨年につづくおもしろい企画で
新曲を披露しあうことになった

最後の最後まで、実に2時間半以上の充実した
楽しくも熱く興奮した幸せな音楽は
ついに終わってしまった

あー、来年が待ち遠しいぞっ

さて、僕の友人の中にはターニャをよく知らないって人もいるだろうから
この機会にぜひ、ターニャのホームページを見てほしい
音源はこちらのマイ・スペースで

【2009/05/21 23:59】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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夢

朝起きると、必ず妻は自分の見た夢の話をする
それを毎日聞いているうちに
彼女の見た夢が自分の夢とごっちゃになるか
といえば、それはならない

なぜなら、まったく違った夢を見るからだ
彼女の場合、よく見る夢は
誰かに追いかけられて、逃げる夢が多い

目でタバコを吸う人を見た夢と海の上にある大観覧車の話は
何度も聞いた
だからその映像は、くっきり想い出せる

僕の夢は学校に行ったら、まったく勉強してなくて
さっぱりわからないけど、わかるフリをしているとか

オーケストラの団員になってて、まったく弾けないのに
格好だけ弾いてるフリをして合わせているとか

空を飛んでて、どうやったら曲がれるのか
どうやって降りたらいいのか、わからなくてあせっているとか

急に口の中で、歯が全部ボロッと抜けて
あわててはめているとか

男だけの如意棒が突然ストンと落っこちて
気づかれないように拾って、くっつけているとか

街を歩いていたら、なぜか裸で
うわっ!と驚きつつも、裸の王様のように
これはバカには見えない服だから、ほんとは着ているんだと
自分に言い聞かせながら
でも、自分には何も見えないのは
俺はバカなのか?と
考えたりする夢…

最後の裸の王様は、子供のころに見た夢で
小さいころほど、変な夢をよく見たが
最近はあまり見ない

ただ、トイレに行きたくて探すのだが
なかなか見つからなくて
やっと入ったら、床が壊れてて
汚物の沼に落ちそうになったり

結局、用を足せないうちに目が覚めると
あわててトイレに駆け込む朝が多くなった

そういえば、オネショをした最後の夢が忘れられない

幼いころは、舗装された歩道が少なく
そこを歩くのが、嬉しかった

だから、歩道を歩いているうちにオシッコがしたくなって
こんなきれいな歩道でタチションしたらいけないな…と
思いながら、ガマンして歩いているうち
どうしてもガマンできなくなった

そこで、こっそり立ちションするのだが
長くて長くて、なかなか終わらない
そのうちお巡りさんがこっちへ向かって歩いて来るので
あわてて逃げた

…と、思ったら…フトンがびしょぬれだった

これがおねしょ卒業の最後の夢
なぜか、モノクロだった

今考えると、あのころはよくタチションをしていた
たいがいは、舗装していない土のままの道だから
犬のクソも馬フンもよく見られた
だから、舗装された歩道は汚しちゃいけない気がしていた
ディズニーランドの通路みたいに

もっと夢のある…夢のような夢を見たいが
なかなか夢はかなわない

【2009/05/17 00:16】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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かわいい日本人

今や、何でも「かわいい」時代
若い女性が言うならまだしも
僕と同年代のおっさんまでもが「かわいいね」

赤ん坊や小さな動物や可憐な花を
「かわいい」と言うなら許せるとしても
どう見てもブサイクな野郎を「かわいい」とは
いったいどういう感覚なのか

こんな疑問は、もうとっくの昔に吹き飛んだと見え
電車の中つり広告を見る限り
全女性は皆いかに「かわいく」なるかについて
特集している

「かわいい」論なる研究書まで出版され
あの有名なブログ「旅と散歩の部屋付録」でも
女性は「かわいい」と言われるのが
最も嬉しいというランキングも出ていた

もう、若い女の子だけではない
おばさんだろうが、おばあちゃんだろうが
誰でも「かわいい」を目指している!

さらに、少女趣味のファッションからアニメ文化すべてが
「カワイイ」を世界語として外国までにも広がっているのだという

こうなりゃ、変なモノでも「キモカワイイ」
ダサクても、「ダサカワイイ」
エロチックでも、「エロカワイイ」

人だけではない、動物もかわいい、虫もかわいい

どんなモノだろうと、かわいいからカワイイ

逆に、否定的な意味では、軽蔑した言い方で昔から言われていた
映画の暴力シーンなんかで、「かわいがってやれ」などという
セリフも聞き覚えがある

そう言えば、相撲のリンチ事件まで「かわいがり」なんて言葉が
昔から使われていたと話題になった

そのうち、選挙演説でも
「かわいい政治を目指します!」
などと言い出すオヤジも出てくるだろうか?

かつて何でも若いことが最高だと謳歌した時代があった
若いねぇ!
それはたいがい若くない人に褒め言葉として言ってあげるもの

もっと前は「まだ青い」とか未熟であることが否定的に蔑まれたものだ
ところが「かわいい」となると、熟練者は
なんにもわからない赤ん坊にタイムスリップさせられたみたいになる

みんなして「ばぶばぶ…」
そうやってお子ちゃまのまま年老いていこうか

【2009/05/16 17:23】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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食わず嫌いの遅聞きマーラー

嫌いなものがあるとき、好きになることがある
「あー、食わず嫌いだったのかなぁ」
…と、知らなかった世界をしみじみ味わい
「けっこういいじゃん!知らずに損してたけど、知って得した!」

こういうことは、40を過ぎてから数多く出合った

だいたい、20代なんて…目の前の多すぎる世界に圧倒され
それをバンバン切り倒して前進するのが精いっぱい
そして、世の中なんて大したことない!…と

だから、若いころはニヒリズムに陥りがちだし
嫌いなものが多くて、ちっちゃな世界の中で
ヒロイズムを気取ってしまう…

振り返ってみれば、穴ぼこだらけの自分史だった

最近、ようやくマーラーを聞く気になった
重苦しくて、大げさで、長すぎて、どこまでもうっとしい…

いや、聞いてみると、非常に自分の世界と重なる部分と
相反する世界が摩擦を起こすことが、イヤになる原因だと思った

静かでゆっくりとした係留し続ける解決しないテンションの塊としての和声

これは、ともすれば自分がアドリヴで弾きたがる「あれ」に近い

そうかと思えば、亡霊の集団が行進しているような「葬送行進曲」
そこから大げさな19世紀的ドンチャン騒ぎが引き起こすメロドラマ

マーラーが最も毛嫌いした同世代のリヒャルト・シュトラウス的交響詩は
マーラー自身の分裂病に悩まされたシャドーなんだろう

だって、ここまで「交響曲」にこだわる意味がわからない
内容はとっくに「交響詩」あるいは「交響組曲」
もし、今の時代なら映像や舞台エンターテイメントまでやっていただろうな
つまり、シンフォニック・オーケストラ・サーカス

結局、僕が一番ついていけないのは声楽をとりこんでいること
ボーカルの中で、あの発声がダメ
オペラの指揮者でもあったマーラーにとっては、親しい子守唄なんだろうが
僕には、ウサギ小屋で暮らした母親の鼻歌のほうが好きなんだ

千人の演奏者による8番に至っては、もはや交響曲というよりは
大きなことが大好きなキリスト教寺院の巨大な音伽藍

古代中国の漢詩をドイツ語で歌う「大地の歌」は
東洋神秘というよりは、こってりとした肉料理とワインに酔いしれる
ヴィーン世紀末の余韻…ああ…僕だったら
桂林の風景の映像を眺めたり
水墨画に老子に日本酒といったほうが、ずっとしっくりくる

マーラーを通して際立って見えてきたのは自分の姿
ありがとう…ぐふたす!

まーれりあんには、ならないですんだよ

【2009/05/16 10:40】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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散りゆく年頃の静かな日々

あちこちの街路で咲き誇っていたツツジが散り始めた
ぼったりと落ちた花を見ると
無残な気持ちにもなる

役目を終えたんだなぁ
花の命は短い

電車の向かい側に5人連れの女子高生が
わいわいと大声ではしゃいでいる
「あれ、けっこうイケメンだよ!」
「えー!?あんなヘンガオ?笑わせてもらってますって感じ!」
どうやら男の品定めらしい

怖いものなしのお年頃
彼女たちから見れば、中高年など全くありえない遠い存在だろう

僕もそうだった
しばられているのはガッコウとオヤだけ
その壁の向こうなど、まるでわかっちゃいなかった

大人になってみて初めてわかる…
学生時代がなんと気楽な日々だったことかと
でも、あのときは好きな女の子とビートルズとバルトークしか
頭になかった

花をじっくり見つめるようになった今は
あのころには気づかなかった世界を
知る喜びがある

【2009/05/10 23:33】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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ビートルズな床屋さん

仕事が早く終わったので
床屋さんに寄ってきた

初めてこのお店に入ったときは
ボーズの本格的なスピーカーに驚いた
店主は僕のひとつ上
かける音楽は60〜70年代のロック&ポップス

僕らの世代は、オーディオマニアが多い
音楽の話になると、もう夢中
「やっぱりビートルズだよねぇ!」

入口にはアビーロードのあの有名なビートルズが歩いているポスターや
ジョン・レノン、ジミヘン、ボブ・ディランといったポスターが
いつも貼ってある
これ、お店用に買っているんだとか

中学のときから集めたレコードをDATで編集して作った
BESTヒット集をかけてくれるのも楽しみのひとつ
「うわぁ…懐かしいねぇ!」
たちまち中高生時代に戻ってしまう

休みの日は、レコードを引っぱり出してお手入れするのが楽しみだとか
奥さんに言わせると、結婚当初…ごっそりローンがあったから
「なに、これ!?」とびっくりしたとか
それは全部ステレオのローンだったらしい

今の時代、すっかりCDは売れなくなってきているらしい
だから、昔のロックが何度もリメイクされて再発売されている
俺たちの世代が買うのを当て込んでるにちがいない!

そういえば、今秋にはビートルズのCDがデジタル・リマスターされて
再発されるらしい

「また、俺たちのサイフをねらってんだよね!」

買ってやるもんか!…と言いたいが…
気には なる

【2009/05/09 19:44】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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帰り道はシベリウス

駅から歩いて帰る
ちょうどシベリウスの交響曲がよく合う
究極は7番だけど

4番と5番が好きだ

5番は旭川の冬を思い出す
これが北国の音楽なんだなって思った

今日は1番を聞いて歩いた
同じような時代でありながら
マーラーにはない世界

【2009/05/07 23:37】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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長く曲がりくねった道

遥か遠く向こうに 仄かに見える…

      いつだったか  僕にもわからない
  
  僕は 君がやることが 毎日 発見の連続だった

         どんなに小さなことでも
          君が 初めて成し遂げたことは
           心から ほめてやりたかった
    
      だから 君は 得意になって 「ほら!」と
        自慢げに見せようと 走って来た

  僕は 怒られるのが嫌いだったし
      怒るのもイヤだった
      
        だから ほめて育ててやりたかった   


   時には 言うことを聞かず 
     どうしても叱らなければならないとき
       仕方なく 怒鳴り お尻を叩いて
         外へ放り出した…そうっと 地面におろして…

    君は 火がついたように泣きだし
        「ごめんなさい!もう、しません!」と叫んだ

       閉めたドアの陰で 僕は心を鬼にして わめいた
         「もう、しないか!?」

           声は 震え 涙がこぼれそうだった

         厳しさに欠けた親だったろう
           でも、それでいいと 思ってきた
             子どもと一緒に 考え
               子どもと一緒に遊びたかった

      いつまでも 僕は子どもだった

         しかし、世の中は 子どものままでは生きられない
              苦しいことも つらいことも
                自分のちからで
                   のりこえなければならないときがあるのだ

      いつまでも 親が手をつないでばかりもいられない
          親は やがて死んでいくのだ

             だから こどもたちよ

              ちからをつけろ

        自分のちからで 目の前の とてつもない壁を
           のりこえていけ!

  遥か遠い世界に思えたところも 
     君の足は 軽く飛び越えていける日が来るはずだ

        僕が できなかったことも
          君には やり遂げるちからがあるはずだ

            だから いつか歌ってほしい
              君の力強い歌声で            

【2009/05/04 20:21】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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ほんとうのことを言おうか

「空気が読めない」

「温度差」

   最近、こんな言葉がやたらと聞こえるね
          なぜだろう

  なんでこんなこと気にするんだろう
 もっとストレートに…
    もっとわかるまで、とことん話せばいいじゃないか

         みんな傷つくのを避けたがってるんだね

       だから 変だぞって思っても、直接言わずに後ろ向いてメールするんだ

   「アイツ KYダ」
             「オンドサ カンジルヨネ」って

   そして、言葉はどんどんエスカレートして 
          暴走する
        伝言ゲームは 
         無言のうちに 
            心を滅多刺しにしてしまう

  もともと、ことばはカンちがいのもとなんだ
             だから、人はその場で何度も話し合う
           誤解を解くために

        ほんとうは、ことばの意味を理解することが重要じゃない

     直接話すとき 
        相手の表情…
             息づかい…
           声の感じ…
        そんなところから 気持ちを読み取ろうとしているんだ

       だから、時間がかかる

             言い方ひとつで、意味も変わるし
まったく対立していた者どうしが、最後には笑って仲良くなることだってある

   ところがメールやミクシーだのっていう文字による言葉は
        直接話すのとは全然ちがう
      だって、書く段階で気持は別なものになってしまうもの

       いくら絵文字なんか使ったって、ほんとのふれあいはまったくないんだ
         
          そのことをみんな忘れてるんだ

     ネットがいくら便利だからって
              見ているのは 記号にすぎない

           感じているのは
                ほんとうの心じゃない

          
     ときどき僕は、ブログもメールもやめちゃおうかと思うことがよくある

   長い休みは 
      そのせいだ

         ブログを書くときは、もうひとりの僕が書いている

        ヤツが勝手に人格を持って
            語っているだけのこと

だから、
       ことばなんか捨てて
            音楽を洪水のように弾きまくりたくなる

      意味なんていうちっぽけなしがらみから
          抜け出すために

【2009/05/01 22:57】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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突き刺さった風車

父は音楽が大好き
そして、絵も好きで、よく描いてくれた
しかし、最も好きだったのは読書だった

その影響もあったんだろう
僕も本が大好きだった
小学生になると、父は小学生のための文学全集を買ってくれた

24巻から成るその全集シリーズは、詩、童話、小説
いろいろな作家のものがあったが、すべて子供が自分で読めるものばかり
そして、挿絵も様々なアーティストの筆になるものが添えられていた

中学、高校のころになると
図書室の文学全集を片っぱしから読んだ
そして、驚いた

難解なものや長編は別として、ほとんどの有名な短編は
小学生のとき、あの父が与えてくれた全集で
すでに読んでいたのだった

今でもあのころ最初に読んだ文章は
挿絵と共にくっきりと思いだすことができる

その中で一番好きで興奮して読んだのは
タイトルも作家も忘れてしまったのだが
ストーリーと挿絵だけは、覚えている…

***********************************************************************

手作りの風車を作って遊んでいた子どもたちが
できあがった風車を持って走り回っていた

2人の男の子が、夢中になって正面衝突
その瞬間…運悪く風車の心棒が、目に突き刺さってしまった

倒れた男の子の頭の中では、ものすごい音をたてて風車が回り続けた
男の子は手術後、長い入院生活を余儀なくされ
それまで経験したことのない体験をする

片目になって、初めて気づく自分の大きな鼻という存在
キリキリと時折やってくる頭痛と幻想

生まれながらにして、病院生活をしている小児病棟のこどもたち
「僕よりもずっと大人みたいにみえる」その女の子は
僕よりも年下だったが、実に物知りで
病気について、いろいろと語ってくれた

やがて、「僕」は幻想の中にいることが多くなって
眠るように消えていく…

目に突き刺さった心棒は、脳に大きな損傷を与えていたのだ
…そう感じたのは、ずっと後になってからのこと…

読んでいた当初は、ただただ自分も同じように痛みを感じ
片目をつぶって、自分の鼻をしげしげと眺めてみたり
ボンヤリと自分が消えていくって、どんなことなんだろうと
空想に耽った

この本の挿絵は、あとになって、いわさきちひろの絵だと思い当たった

だから、僕にとって、いわさきちひろの絵は
いつも、あの風車の話を思い出させた
キリキリという音と共に…

【2009/04/28 00:08】 未分類 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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